オツイチ小説再生工場 工場日誌

読者参加型企画『オツイチ小説再生工場』の途中経過と、作家・乙一の謎に包まれた日常がわかる、乙一さん公式ブログです。

2012年10月27日(土)

VOCALOIDと文学

VOCALOIDの曲をいろいろと聴いています。
みなさんVOCALOIDというのはご存じでしょうか。初音ミクに代表されるようなやつですよ。今度、某有名P(VOCALOIDの曲をつくっている人のことを○○Pと呼ぶんですよ)と対談することになったのです。以前からニコニコ動画でたまにVOCALOIDの曲はチェックしていたんですが、ランキングに入っているような有名なやつしか聞いてこなかったんですよ、僕は。だからにわかなんですよ。すこしでも対談でいいことが言えるように予習しているんですよ。

ところでVOCALOIDには本質的に映画『ブレードランナー』とか映画『イノセンス』みたいなテーマが内包されているとおもうんですよ。「魂のない人形を愛せるかどうか」「あなたは存在しているのかどうか」「私のなかにある感情は真実なのかどうか」というような。VOCALOIDって中心が空白じゃないですか。合成された歌声なんですから。それが宗教絵画や仏像造りみたいなものを想像させられるんですよ。『桐島、部活やめるってよ』や『ツインピークス』もそうですよね。中心に位置する見えないもの、実存しないもの、不確かなものを、周囲の人たちがそれぞれのリアルを持ち寄って懸命にこの世界につなぎとめようとしているというか。議論しているというか。言質を持ち寄っているというか。それらの言質によって浮かび上がる空白こそに本質が宿り始めるというか。初音ミクは、公開されているイラストでさえもたんなる記号であって本質ではないのかもしれない。その見えざる本質を曲という形の実存でそれぞれが表現しているというか。これまでの歌は肉声がそこに実存しているわけだから、もうその段階でOKじゃないですか。でもVOCALOIDは実存しないものをめぐる物語だとおもうんですよ。それが胸を突くというか。世界と齟齬をかかえている人にとって、特に十代にとって、他人事ではないのかもしれないなと想像するんですよ。

小説ってただの記号の羅列じゃないですか。マンガも、アニメも。肉体をともなわない記号の集積だとおもうんですよ。多かれ少なかれ作り手は、自分の作品が作りものであることを自覚しながら物をつくっているのではないかと。でも、それが受け手の中では真実になることもまた感じているんですよ。合成された歌声で作られた曲もまた、それとおなじだとおもうんです。VOCALOIDで曲をつくるということそれ自体が文学的だとおもうんです。だから、すべてのPに敬意と感謝を禁じ得ません。というようなことを最近はかんがえていました。あと、山田風太郎賞はもらえませんでした。




Posted by 乙一 at 23時55分

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