オツイチ小説再生工場 工場日誌

読者参加型企画『オツイチ小説再生工場』の途中経過と、作家・乙一の謎に包まれた日常がわかる、乙一さん公式ブログです。

2013年07月07日(日)

急におもったけど


『本の旅人』という雑誌にエッセイを書きました。
まだこれから出版されるやつです。
作家デビューした直後の顛末をおもいだしながら書いたのですが、
急に不安におもったことがありまして、、、

その昔、インタビューで、
「ワープロの練習のために小説を書き始めた」
というような回答をしたんですよ。
だけどもちろんそれだけじゃないですよ。
賞金もねらっていましたよ。
昼ご飯を抜いてライトノベルを買っていたような金欠状態でしたから。
あかほりさとる先生の本は一日で読んでしまえるし、
次々と発売されるので、慢性的にお金が足りなかったんですよ。
バイトもしてなかったし。
だけど「ワープロの練習のために」というのもほんとうなんですよ。
ワープロもパソコンもほとんどあつかったことがなくて、
タイピングというのは英語を話すくらいむずかしいことだとおもいこんでいたんです。
タイピングの特訓のために何か文章を作ろうというのが、
小説を書き始めるときの動機のひとつではあったんです。あと賞金。


で、不安におもうこと、というのは、今さらなんですけど、
「ワープロの練習のために書いた小説で作家デビューしました」
という表現になると、
なんだか自分の天才性をアピールしている人みたいで痛いぞとおもったんですよ。

今さら不安になってきたんですよ。
インタビュアーの方に、天才性をアピールしているとおもわれたんじゃないかと、、、
「みんなが必死に努力して作家デビューを目指しているところもうしわけないけど、僕はワープロの練習で書いた小説でさくっとデビューしちゃったんです」
という風に受け取られていたらどうしようかと。
急に、エッセイを書いていて、そうおもったんですよ。


ちがうんですよ、、、
ああ、、、






……というブログを書いたところ、
「一日で読んでしまえる」という表現はあかほり先生に対して失礼にあたるのではないか、という不安が浮上しました。
「読みやすい」「おもしろい」という意味で書いたのです。
念のため、追記でした。

Posted by 乙一 at 18時34分

2013年07月05日(金)

新作『Arknoah1 僕のつくった怪物』発売

画像(320x240)・拡大画像(640x480)

どうも、乙一です。



本日、7月5日に新刊本が出ます。
『Arknoah1 僕のつくった怪物』という長編小説です。
これまでに書いた小説のなかでもっとも枚数がおおいです。
昔は短編ばかり書いていたのに、
いつから長編も書くようになったんでしょうか。
はじめてのシリーズものです。三部作を予定しています。
現在、次巻の『Arknoah2』を執筆中です。1/3くらいは書き終わりました。
今年中はたぶん無理ですが、
来年あたりに出るんじゃないかなと期待しています。

このArknoahシリーズ、ジャンルは異世界ファンタジーものです。
主人公が異世界にまよいこんで冒険をするというありがちな話です。
僕がライトノベルをたくさん読んでいた十代のころ、
こういう作品が非常におおかったのです。
16歳のとき、はじめて執筆した小説も、
ドラクエみたいな異世界ファンタジーものでした。
一次選考で落ちました。ひどい出来でした。
長編の異世界ファンタジーものは、それ以来となります。
(短編は一度だけ書いたことがあります)

いつかまた異世界ファンタジーを書こう、
とおもっていながらこんな年齢になってしまいました。
34歳です。頭髪の数が減少しています。
「乙一さん、将来、ハゲますよ」と、
滝本竜彦先生に言われたことがあります。
それが現実となってきました。
最近、帽子でかくしています。
でも、そんなことはどうでもよくて、
異世界ファンタジーに挑戦する機会のないまま年数がたってしまいました。
はじめて小説を執筆したとき、

「現実社会のことはなにもわからないから、
 現実社会を舞台にした小説なんて自分には書けないにきまってる。
 異世界ファンタジー以外に書ける気がしないなあ」

などとおもっていたのですが、まさかその後、
異世界ファンタジーを書かないまま、
作家生活を送ることになるとはおどろきです。
ちなみに作家デビューするきっかけとなった、
『夏と花火と私の死体』という小説を書いたとき、

「今は異世界ファンタジーものの小説ばっかり投稿されてるだろうから、
 毛色の異なるものを書いたほうが審査員の印象にのこるんじゃないかな。
 気乗りしないけど、身の回りの田舎町でも舞台にして書いてみるか。
 自分が書きたいものより、すこしでも賞金にちかづけるものを書こう」

というかんがえがありました。その予想は的中していたようです。
当時の編集者は、異世界ファンタジー小説ばかり投稿されてきて、
辟易していたらしいですよ。
その時期、一般文芸の世界では、
『パラサイト・イヴ』のようなホラーが登場して売れていたのです。
だから編集者はホラーの書き手を探していたみたいです。
異世界ファンタジーで辟易しているところに、
ホラーっぽいものを書く人が投稿してくれたということで、
なんとなく印象がよかったのかもしれないですね。
なかなかのラッキーでデビューさせていただけました。

ところでこのArknoahは、もともとアニメの企画書でした。
何年か前、アニメ会社の方から、
「なにか企画を書いてほしい」と言われてかんがえた世界でした。
いろいろあってボツになり、この企画は流れてしまったのですが、
このまま忘れ去るにはあまりにもったいないとおもい、
何年も過ぎたことだし、ここらで小説にしようとおもったのでした。
といっても、企画書からの流用は世界設定だけで、
主人公やら物語やらは、あたらしくかんがえました。
やっていることは「小説再生工場」の企画とかわらないですよ。
自分のボツ企画をリサイクルしたようなものです。






Arknoahシリーズを書くにあたり、
下記のような本に影響をうけました。

『超芸術トマソン』(ちくま文庫) [文庫]
赤瀬川 原平 (著)

『ティルト・ワールド〈1〉天下無敵の冒険者』
(角川文庫―スニーカー文庫) [文庫]
友野 詳 (著)


『トマソン』は、奇妙な建築物件を紹介した本です。
Arknoahに登場する異世界は、
奇妙な建築物件の部屋が連なってできたような場所なんです。
小説に登場する【意味なし階段】などはこの本からの発想です。
『ティルトワールド』は、十代のころに読んだライトノベルです。
この小説に描かれる異世界は、
ある日、突然、地面が斜めにがくんとかたむいてしまうんです。
なぜそうなってしまったのか? 
その謎を解き明かしに冒険がはじまるというものです。
これを読んだ当時、
「ファンタジーってここまでやっていいんだ!」
と感銘をうけたおぼえがあります。










というわけで、
『Arknoah1 僕のつくった怪物』よろしくおねがいします。


Posted by 乙一 at 00時15分

2012年10月27日(土)

VOCALOIDと文学

VOCALOIDの曲をいろいろと聴いています。
みなさんVOCALOIDというのはご存じでしょうか。初音ミクに代表されるようなやつですよ。今度、某有名P(VOCALOIDの曲をつくっている人のことを○○Pと呼ぶんですよ)と対談することになったのです。以前からニコニコ動画でたまにVOCALOIDの曲はチェックしていたんですが、ランキングに入っているような有名なやつしか聞いてこなかったんですよ、僕は。だからにわかなんですよ。すこしでも対談でいいことが言えるように予習しているんですよ。

ところでVOCALOIDには本質的に映画『ブレードランナー』とか映画『イノセンス』みたいなテーマが内包されているとおもうんですよ。「魂のない人形を愛せるかどうか」「あなたは存在しているのかどうか」「私のなかにある感情は真実なのかどうか」というような。VOCALOIDって中心が空白じゃないですか。合成された歌声なんですから。それが宗教絵画や仏像造りみたいなものを想像させられるんですよ。『桐島、部活やめるってよ』や『ツインピークス』もそうですよね。中心に位置する見えないもの、実存しないもの、不確かなものを、周囲の人たちがそれぞれのリアルを持ち寄って懸命にこの世界につなぎとめようとしているというか。議論しているというか。言質を持ち寄っているというか。それらの言質によって浮かび上がる空白こそに本質が宿り始めるというか。初音ミクは、公開されているイラストでさえもたんなる記号であって本質ではないのかもしれない。その見えざる本質を曲という形の実存でそれぞれが表現しているというか。これまでの歌は肉声がそこに実存しているわけだから、もうその段階でOKじゃないですか。でもVOCALOIDは実存しないものをめぐる物語だとおもうんですよ。それが胸を突くというか。世界と齟齬をかかえている人にとって、特に十代にとって、他人事ではないのかもしれないなと想像するんですよ。

小説ってただの記号の羅列じゃないですか。マンガも、アニメも。肉体をともなわない記号の集積だとおもうんですよ。多かれ少なかれ作り手は、自分の作品が作りものであることを自覚しながら物をつくっているのではないかと。でも、それが受け手の中では真実になることもまた感じているんですよ。合成された歌声で作られた曲もまた、それとおなじだとおもうんです。VOCALOIDで曲をつくるということそれ自体が文学的だとおもうんです。だから、すべてのPに敬意と感謝を禁じ得ません。というようなことを最近はかんがえていました。あと、山田風太郎賞はもらえませんでした。




Posted by 乙一 at 23時55分

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